女満別駅の歴史

更新日:2023年06月19日

女満別駅は、女満別市街地の最寄り駅です。旧網走線(後の旧網走本線、旧池北線、旧ふるさと銀河線)の駅として開設され、1961年以降は石北本線の駅となっています。

現在の女満別駅について説明をしているイラスト

女満別駅ができるまで

この線路を敷設する際、当初は現在の美幌や女満別を通らず、網走湖西岸を通る計画でした。しかし、線路が通ることによる町の発展を望んでいた美幌や女満別の人たちにとって、この計画は自分たちが発展から取り残されることを意味するものであり、絶対に受け入れがたいものでした。このため、美幌や女満別の人たちは線路の敷設を求める熱心な陳情を行い、その努力が実り、現在の場所に線路を敷設する計画に変更されました。

 

線路が敷設される場所が決まっても、女満別駅をどこに置くかは、すぐには決まりませんでした。当時の女満別には市街地と呼べる場所はまだ無かったので、将来どこに市街地を形成するかを見据えたうえで駅を建設する必要があったのです。

 

検討の結果、現在の本郷13線付近に駅が建設されることになりました。ここは現在も水田地帯が広がる平坦な場所であり、開拓も比較的進んでいたので、駅とともに市街地を形成するには絶好の場所であると考えられたのです。

 

しかし、網走川の治水工事が1934年に着手される以前は、この地域は毎年のように洪水が頻発していました。この場所の周囲は海抜約3メートルという低地のため洪水が発生すると水没しやすく、実際に関係者が現場視察に訪れた際にも周囲が洪水で水没していました。このため、ここは駅の建設には向かないと判断されました。

女満別駅の当初建設予定地について説明をしているイラスト
1950年代の住吉地区での水害の様子について説明をしているイラスト

そこで次に駅建設予定地とされたのが、現在の女満別駅がある場所です。
現在の女満別駅がある場所は、マッチの軸木にする白楊の木を採取するために女満別で初めて和人が定住した、記念すべき場所です。しかし、ここは農耕に適さない場所だったため開拓が遅れており、当時は民家もまばらで、駅建設予定地としては必ずしも好条件ではありませんでした。それでも、この場所の周囲は高台のため洪水で水没する危険性が低く、開拓が進んでいないため用地を確保しやすいという利点もあったことから、この場所に駅が建設されることに決定しました。

 

こうして、1912年に女満別駅が開業しました。開業当初は、汽車を見たことが無かった人が駅員をしていたため、汽車が駅に入ってきても乗車券を売ることを知らなかったという逸話も残っています。

女満別村が分村した当時の女満別駅について説明をしているイラスト

開業後の女満別駅

女満別駅の開業に伴い、女満別地区への入植者は急速に増加しました。女満別駅が開業した1912年の女満別の人口は870人でしたが、8年後の1920年には3821人にまで増えています。


また、駅前には商店が立ち並び、賑わいを増していきました。女満別駅から多くの農作物が出荷されるようになり、町は経済的に発展しました。女満別駅が無ければ、女満別地区の発展は無かったと言ってもよいでしょう。

1936年の女満別駅上りホームについて説明をしているイラスト
昭和初期の女満別駅でのビート積み込み風景について説明をしているイラスト

戦時中に海軍美幌航空隊第二基地が整備された際には、女満別駅から基地へ分岐する線路が敷設され、基地の物資等の運搬に活用されました。女満別駅が最も多忙だったのはこの時期で、当時は駅員が24名いました。なお、この分岐線は戦後に撤去されており、現存しません。

海軍航空隊美幌航空隊第二基地(女満別)の見取図

1948年に女満別農協が発足して以降は、駅前に農協の事務所や倉庫が立ち並び、農作物の出荷もますます盛んになりました。

女満別農協石造倉庫について説明をしているイラスト
車掌車について説明をしているイラスト

しかし、自動車の普及が進むにつれ、駅の利用は減少していきました。駅前に立ち並んでいた商店は徐々に姿を消し、駅前にあった女満別農協の施設も徐々に移転していきました。


1984年には貨物の取り扱いが廃止されるとともに、簡易委託駅(駅員がおらず駅売店で切符を販売する駅)となりました。1990年に現在の駅舎が完成した際には、駅に駅員が常駐することは想定されておらず、駅売店で切符を購入するか、乗車後に車掌から切符を購入する必要がありました。1993年には簡易委託も廃止され無人駅となりました。

現在、普通列車はワンマン運転されており、バスのように運賃箱に運賃を入れる乗車方法になっています。一日の平均乗降客数は100人前後で、大半は近隣市町に通学する高校生の利用です。

1960年代の女満別駅について説明をしているイラスト
1970年代の女満別駅について説明をしているイラスト
1975年の女満別駅SLサヨウナラ列車走行について説明をしているイラスト
1980年代初期の女満別駅について説明をしているイラスト
女満別駅の貨物ホームがあった場所について説明をしているイラスト
女満別駅売店跡について説明をしているイラスト

現在の女満別駅

駅の利用者は少なくなったものの、1990年に建設された現在の女満別駅舎には女満別図書館が併設されているため、現在も賑わいは決して失われていません。駅舎と図書館が併設された施設は珍しく、多方面から注目を集めています。また、列車の待ち時間に読書をしたり、読書の休憩に駅の列車を眺めるなど、この駅ならではの楽しみ方もあります。

女満別図書館キッズコーナーについて説明をしているイラスト
女満別研修会館図書室について説明をしているイラスト

また、駅の南側には、こ線橋があります。これは駅ホームの移動に用いるものではなく、駅舎の反対側にある女満別湖畔へ移動するための自由通路です。こ線橋には壁が無いため視界が良く、橋の上から駅ホームを眺めることができます。ただし、群衆事故防止のため、花火大会など人出の多い際に橋の上で立ち止まって景色を眺めることは絶対におやめください。


なお、駅舎反対側にある網走方向行きホームへの移動には、駅ホームの端にある構内踏切を利用します。警報機が鳴ってから移動しても十分に間に合いますので、あわてずに移動お願いします。

女満別駅跨線橋と構内踏切について説明をしているイラスト
女満別駅の沿革

大正元年

(1912年)

網走線の野付牛(現北見)~

網走間延伸に伴い開業

昭和59年

(1984年)2月

荷物・貨物取扱廃止

昭和59年

(1984年)11月

簡易委託駅となる

平成2年

(1990年)

現駅舎完成

平成5年

(1993年)

簡易委託廃止、無人駅となる

 

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