東藻琴芝桜公園の歴史

2022年9月27日

 畑作農家だった中鉢末吉さんは、終戦直後、亡き姉が留辺蘂町(現北見市留辺蘂町)から持ってきたひとつかみの芝桜をこつこつと育て、自宅に10アールほどのミニ芝桜公園を作りました。


 その見事さから、中鉢さんは昭和52年(1977年)に藻琴山温泉管理公社から「芝桜で村の憩いの場を作ってほしい」と、芝桜公園の造成を要請されました。中鉢さんは離農して温泉管理公社の職員に転身し、小高い丘を芝桜で埋め尽くす公園づくりに邁進しました。


 木を伐採し、笹を刈り払い、根を掘り起こし、土地を耕し、苗を一株ずつ植える…。この作業を、中鉢さんはたった一人で延々と続けました。急斜面のため機械は使えず、すべて手作業でした。1年に1ヘクタールほどのペースで開墾を進めていき、平成4年(1992年)には原野だった丘が8ヘクタールのピンク色の丘に変貌を遂げました。

 

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 植栽が終わっても、雑草取りなどの花の手入れは決して終わることはありません。中鉢さんは平成4年(1992年)にいったん引退しましたが、中鉢さんの引退とともに急速に花が荒れていきました。このため、やむなく中鉢さんに復帰していただくと、ようやく花の状態が回復しました。花たちは、中鉢さんだけにしか心を開こうとしなかったのかもしれません。


 中鉢さんは、他の職員たちに花の扱い方を伝授したのち、平成11年(1999年)に2度目の引退をしました。今度は、もう復帰しなくても大丈夫でした。


 中鉢さんは平成21年(2009年)7月7日に永眠されましたが、その思いは今も地域に受け継がれています。

 

 

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 花の整備が進むにつれ、施設やイベントも、徐々に充実されていきました。 


 昭和59年(1984年)から開催されている「ひがしもこと芝桜まつり」は、毎年多くの観光客でにぎわう一大イベントです。令和6年(2024年)には第40回の節目を迎える予定です。


 平成に入って以降は、利用期間の延長による集客増を図るとともに、村内各種施設と連携した体験型観光を目指し、新たにイベントステージや簡易オートキャンプ場を設置しました。


 また、大空町誕生後には温泉施設などの老朽化した施設を撤去し、そこにも芝桜を植栽することで、植栽面積を拡張しました。現在では植栽面積は10ヘクタールに及んでいます。 

 

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昭和52年(1977年) 中鉢末吉が離農し、藻琴山温泉管理公社職員として芝桜の植栽を開始
昭和55年(1980年) ジャンボすべり台完成
昭和58年(1983年) 南斜面に村のマークを植栽。西斜面の植栽開始
昭和59年(1984年) 「ノンキーランド芝桜まつり」開始
平成元年(1989年) 西斜面にノンキーマーク(牛のマーク)を植栽
平成4年(1992年) 西斜面の植栽を終え、8ヘクタールになる
平成21年(2009年) 老朽化した施設を取り壊して芝桜を植栽し、10ヘクタールになる

 

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